D.E. scene1032
達人同士が死合う場合に、「不意」というものがありうるだろうか?
練り上げられた技は、見てから対処することなどできぬ。それゆえに、相手の次の手を予測し、あらかじめ対処するのだ。
多くの流派がその奥義を門外不出とするのは、その技の予測不能を保つためだ。見られ、予測可能となった技は、既に奥義ではない。
では、奥義を使えば不意をつけるのか?
否である。予測を超えるものを予測してこその達人なのだ。
そして、まさに、目の前にいる隻眼隻手のひ弱な人間が、達人であった。
我以外のドラゴニアンでは、一合ともたぬ。
彼らは生まれ持った力と牙と爪と鱗に安住し、技を積まぬ。技を積まぬゆえに、自身が常に「不意」という不利の中にあることにも気付かぬ。
この達人の技を、不意に食らえば、必死。
だが、我は違う。
いま、逆に、この人間の不意をつき、そのカタナを封じた。
ローニンと名乗ったこの人間が未熟なのではない。達人なればこそ、心に一瞬の隙が出来たのだ。
呼吸、血流、体の微かな揺れ・・・。闘いのリズムの中でもっとも力の出ない瞬間に、足の爪を床につきたて、物理法則さえ強力(ごうりき)で捻じ曲げるようにして、前に出た。
「相手が動かないはずの瞬間」にできた緩み・・・それは予測の「不意」ではなく、本能の「不意」。
この状態からカタナを抜くには、後ろに下がる以外に無い。
しかし、人間の体は後ろに進むようには出来ておらぬ。
ローニンが下がるのと同じ速度で前に出ることは容易なのだ。
ゆえに、抜けぬ。
我が牙爪ならば、人間の体など抵抗も無く切り裂ける。爪の先がふれさえすればよいのだ。
恐るべきローニンをしとめるため、その潰れた右目の上方から左爪を振るう。
この位置は、見えぬ。
見えねば、一瞬の遅れが発生する。
これほどの達人ならば、修練によって、その一瞬を致命的ではない短さにまで縮めていよう。
しかし、我が左爪の速度は、それを凌駕する!
ゴウッ!!
左爪が大気を切り裂き、目の前で風が渦巻く。
何の手ごたえも無い! そう驚愕するよりも早く、我が体は大地を蹴って後ろに飛んだ。
余裕も無く、大きく膝を曲げて座り込むようにしての着地。すぐさま立ち上がって体勢を整える。
4歩ほどの間合いの先に、既に抜刀したカタナを担ぐような構えで、同じように立ち上がるローニンの姿が見える。掻き消えたわけではないのだ。出来ぬはずの後退をやってのけたのか。
・・・手ごたえ・・・いや、無かったわけではない。
グッグッグッと笑いが漏れる。
奴は、左爪が貫く寸前に体をひねり、体と鞘を後ろに下げて抜刀したのだ。
そして、雷光のような速度で刀身を滑らせ、カタナの表面を滑らせるように左爪を受け流した・・・。
さらに、受け流した力を後ろ向きに変えることで、後ろに飛んだのだ。
そのすべてを我が両爪を我からの目隠しとしながら・・・。
わかってしまえば、不可能ではない。驚嘆すべき技量ではあるが、魔法ではない。我が予測が甘かっただけのこと。しかも、奴にも余裕は無く、致命とはならなかった。まだ楽しめるのだ。
間合いを取って仕切りなおしたあとは、互いに動かぬ時間が長くなった。
傍から見ていれば、1、2合切り結んでは休むことを繰り返しているように見えたかも知れぬ。
しかし、我が両爪も奴のカタナも、触れれば切り裂く必殺の武器。動かぬ時間は互いの「気」を削りあい、その必殺を打ち込む隙を作り出す闘いの時間なのだ。
何度も互いの武器が、体がぶつかる。
奴の死角から爪を振るう。その右目が見えていてさえかわせぬ筈のそれを、紙一重でかわす。
カタナが鱗を紙のように切り裂く。肉にいたる寸前を見切り、爪で薙ぐ。返すカタナで爪を流す。
・・・
ほんの数分にして、いまだかつて無いほどの長い闘いの時間・・・笑いがこみ上げる。
呼吸が熱くなる。
血が沸きあがる。
・・・
奴は、いまだ冷たく鋭い気を放っている・・・これ以上の長期戦は不利か。
いままで、奴の上方からたたきつけるように両爪を振るってきた。特に、奴の死角となる右上からの攻撃。
死角に奴の意識が集中した今!!
我は体を大地に投げ出すように飛んだ!
左爪で床をつかみ、さらに加速する!
床をえぐるようにして右爪を奴の腹に突き刺す!!
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント