そのふたつ名は 5
こちらの続き、というか、だいぶ後の話。
そのふたつ名は「王殺し」
数多(あまた)の王を殺すが運命(さだめ)
彼の視線の先で、14、5歳の少女がマイルストーンの上に腰掛け、空を眺めながら足をぶらぶらさせている。
彼に気づいたらしい少女が、トンッと軽やかに飛び降り、ほほ笑みながら彼を見つめた。
その瞬間
・・・
彼は死んだ。
遥か遠い少女の声が告げる。
「ボクの勝ちだね」
・
・・
・・・
<王殺しの>ランはゆっくりと目を開け、ベッドから起き上がった。
王を殺す悪夢は数え切れないほど見て来た。
しかし、彼が殺される夢は、これが初めてであった。
「安息・・・か・・・」
ランは再び横になったが、夜明けまで眠ることはなかった。
朝日が昇るのを待たず、ランは身支度を整え階下の食堂に降りた。
いつものごとく無表情に周囲を警戒するギルと、あくびをかみ殺しながら朝食を待っているウィルフが席に着いている。
「先に行く。次の宿場で会おう」
ランが二人に告げると、ギルはちょっと不思議そうな表情をみせつつも腰の双振りの「守護するもの」をなでて小さく「了解」とこたえ、ウィルフはあくびをした時に出た涙を拭きながらうなずいた。
街道を行くランは、早朝に宿場を立った人々を次々と追い越して行く。
鍛え抜かれたランの歩みは、常人では走らねば追いつけないほど早い。
宿場と宿場の中間にあるマイルストーン。健脚の者でも2時間近くかかるそこに、ランは30分ほどでたどり着いた。
石造建築とさえ言ってもいいほどに巨大なマイルストーンの上に、14、5歳の少女が腰掛け、空を眺めながら足をぶらぶらさせている。
そのしぐさ、その横顔が、ランの中にえもいわれぬ郷愁を呼び起こした。
彼に気づいたらしい少女が、トンッと軽やかに飛び降りる。
シンプルな漆黒のワンピースから、伸びやかな雪白の手足が見える。それは陶器のように滑らかで、絹のように優しげであった。
水に濡れたかのようにつややかな黒髪に縁取られた顔は、美しいと言うにはまだ幼いが、まるで人形のように整っている。
その少女が、ほほ笑みながら彼を見つめた。
バチン!
ランの目の前で気と気がぶつかってはじける。本来見ることなどできないはずのそれは、今、確かな輝きと音を持ってそこにあった。
・・・魔王の気さえ、これほどではなかった・・・
少女はクスクスと楽しそうに笑っている。
「さすが叔父様。宗家の娘で刀の女王とまで言われた母様をさしおいて、カイ家剣法を継承しただけはあるわね」
やはりこの少女は、ランの幼なじみ、姉とも慕った従姉妹の忘れ形見。
シャン・カイ・リの娘、リァン。
「ねえ、知っていて? 母様はね、ボクと散歩に行くと言っては、こっそり剣の修行をしていたわ。
何度も何度も、岩を、風を、水を、斬ろうと、修行を続けるの。
御祖父様が叔父様にしか本当の奥義を教えなかったから、自分には「心持たぬもの」を斬ることができないと言いながらね」
少女はくすくす笑いながら続ける。
「カイ家の奥義は「斬心」。心を斬られたものは体も斬られる・・・。
母様を見ていて、ボクは不思議でしょうがなかったわ。
だって・・・」
少女が無造作に手刀を振る。
「こんなにも簡単に斬れるのよ?」
くすくす笑う少女の後ろで、巨岩が斜めに断ち斬られ、地響きを上げて崩れ落ちる。
その斬り口は鋭く滑らかで、金属のごとく輝いていた。
「母様は、きっと、叔父様に斬り殺されたその時も、分からなかったのでしょうね。岩にも、風にも、水にも、心があるということが」
ランの口から感嘆がもれる。
「その歳で、極(きわみ)に立つか」
「あら、こんなことは五つの時からできたわ。ボクにとって、カイ家剣法なんて遊びなの」
「・・・」
「だからね、リァン流を創ったのよ」
にっこりと笑う少女の後ろで、巨岩が一瞬にして砂の固まりへと変じ、崩れ落ちた。
リァンが斬り刻んだのだ。どのようにしてかは分からない。ランの眼をもってしても何も見えなかったのだ。
いったい何度斬れば巨岩を砂と化せるのか。
そして、斬る動作もなく行われたそれは、カイ家の技ではあり得ない。
少女は、その言葉どおり、新たな技の体系を創り上げたのか。一代をかけてさえ偉業と呼ばれるべきものを、この少女は十年をかけずに成し遂げたというのか。
「闘技場でね、どんなにハンデをつけても、剣闘士も魔物も、ボクの前に出た瞬間に死んでしまうわ・・・。魔王も殺したんですってね? 少しはボクを楽しませてね、叔父様」
その言葉と同時に、ランのまわりでチッチッと音が鳴り始め、ランはとっさに後ろに下がる。
神の眼を持つものなら見えたかも知れない。ランのまわりの空気の分子結合が斬られていくのを。

・・・
数時間後、のんびりと街道を歩くウィルフとギルが見たものは、大爆発でもあったかのような焼け野原で、砕けたマイルストーンに血涙を流しながら「リァン」と墓碑銘を刻むランの姿であった。
ウィルフ・サガ:「無刀王殺し」より
ギル・デ・フラウが腰に佩く双剣「守護するもの」は、元来「襲いかかるもの」と「守護するもの」の双剣として小人が鍛えたと言われている。それが、いつ、どのようにして、双振りの「守護するもの」となったのかは定かではない。
ガラン・ヨウ著「守護者の肖像」より
「カイ家に斬れぬものなし」
ただひとつ、「王殺しの呪い」を除いては。
王立ルガード図書館 落書より
イー・シュトームはその書の中で、「ラン・カイ・シの呪い」の本質を示すものとして、吟遊詩人たちがウィルフ・サガを吟じる時の最初のフレーズに注目する。
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