D.E. scene1101
そこは、暗く深き、世界の果て。
わずかに燐光を放つ苔に淡く照らされたその狭い空間は、人間ならば本能的な恐怖と不安に押しつぶされるかもしれぬ。
そこに人影が二つ。
一方はその空間の大半を占める湖面の上に立っている。
もう一方は、相対して湖畔にたたずむ。
どれほどその静かな対峙が続いたであろうか、ゆっくりと湖上の人影が口を開いた。
「今は、剣士とお呼びすればよいのか」
声を発したその動きで、その体の表面をさざ波が走り、燐光を反射して全身に綺羅星のごとき輝きが走る。それは幻想的と言うよりも、魔性の誘惑じみていた。
湖上の人影は人の形をしていたが人ではなく、その全身が透き通った水であった。
いや、誰もが本能的に知ることであったが、それはただの水ではなく、原初の水であった。
「左様、水が属の王よ」
湖畔の人影が言葉を返す。
凛とした声と同じく、湖畔に立つ姿は、その周りに清々しく張りつめた空間を作りだしている。
黒い衣装をまとった妖精族の娘。地が属の女王ガイアとともにフェーンの前に現れ、剣士と名乗った妖精である。
「かような地の底までわざわざいかようなご用件か」
剣士はかすかに笑みをもらすと、口を開いた。
「移ろう君よ。世界に初めて水が属の現れ出たるこの地を知るものは、この地を英知の泉とも呼ぶという」
「それは御身もご存じのごとく。水は目となり、そこに映りし事象を記憶して、いつの日かこの地に還る。すべてはこの深淵に記憶されるのだ」
「故に問おう。時を映すものよ。滅びの予言はいかようになされたのか」
「水はただ映すのみ。それは知識の断片にして知恵にあらず。御身の望むものは得られまい」
「承知。深きものの長よ。」
湖上の人影が細かく震える。笑いを抑えているのか。
「予言が真なれば、我らは御身を討つべきなのであろうな。この剣をもって」
その言葉とともに、水中からぼろぼろに錆びた剣が飛び出し、湖上の人影の手に収まった。
湖上の人影がきらめきをまといながらその剣を高く掲げる。
ボロリ
粉々に砕けた剣の破片が湖面に舞い落ち、光をまとった波紋が幾重にも重なって広がっていった。
その様を眺める剣士に特に反応はない。
「ふっふっふ」
抑えきれなくなった笑いが湖上の人影から漏れる。
剣士が静かに口を開く。
「記録するものよ。わたしが望むは事実のみ」
どこかで滴が湖面にはじける音がした。
「よかろう。事実の欠片を御身に示そう」
地底の闇よりも湖上の光よりも厳かな声がそう告げた。
人影の足下に次々と情景が映し出される。
妖精が、竜人が、巨人が、ドワーフが、深きものが、預言を行い、奇跡を起こし、剣のありかを示す。
剣士は、預言者たちの姿が、いや、彼らの魂のありようが、一人の少年の面影に集約されることに気付いた。それは、はじめにほんの一瞬映し出された竜人の中で暮らす人間の少年。
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