« 紅緒 | トップページ | そのふたつ名は 7 »

2007/07/01

そのふたつ名は 6

我らが英雄ウィルフの、
旅果つる日は、
まだ遠い。

<英雄王>ウィルフは、コウロウ城に迫る<首狩王>カーランの軍勢に心を痛めていました。
<首狩王>カーランはとても恐ろしく、残酷で、悪魔の魂を持つと言われています。<首狩王>カーランの軍勢に襲われれば、城も人々も何一つ残りはしないでしょう。
コウロウ城の人々は、探索の旅の途上にあるウィルフを温かくもてなしてくれたのです。
「・・・コウロウ城を守るために、悪鬼を討とう」
ウィルフは心を決めると、供の二人を呼んで命じました。
「<守護者>ギル・デ・フラウ。汝、朱雀門を守護せよ」
<守護者>ギル・デ・フラウは、生まれ落ちる時に心を忘れてきたという魔剣士です。半分妖精の血をひく彼女は、姿は少女ですが、長い長い年月をかけて技を磨いた達人なのです。
ギルは紗のスカートをひるがえして、コウロウ城の南、朱雀門へと向います。
ただ一人門をくぐると、ギルの後ろで門が閉じられました。
大きな朱雀門の前にただ一人立ったギルは、とても小さく見えました。
そして、残虐非道な<首狩王>カーランの十万の軍勢を迎え撃つというのに、ギルはいつもと同じように、柔らかい皮の胸当てとズボン、紗のスカート、両腰の双剣だけという軽装です。
それを見たカーランの軍勢は、何かの罠なのかと疑って手を出しかねていましたが、ついにしびれを切らしてギルに襲いかかります。

ギルの右腕が剣を抜きます。
襲いかかってくる兵士たちが持つ剣に比べればおもちゃのように小さいその剣は、まるで宝石のようにキラキラと輝いています。ギルの持つ剣「守護するもの」は、小人が水晶を鍛えて作った剣なのです。
ギルの左腕が剣を抜きます。
これも右の剣と同じ「守護するもの」です。
しん、しん、しん。
右の剣と左の剣から、お互いを呼び合うように小さな小さな音がします。それは、水晶が空気に融ける時の音に似ているといいます。
ギルは機械じかけのように正確な動きで「守護するもの」を振るって、次々に群がる兵士たちを倒していきます。ギルと「守護するもの」にとっては、兵士たちが身にまとう鎧など、何の意味もないものなのです。
しばらくすると、ギルの傍らにもう一人のギルが現れました。
二人のギルは、次々に群がる兵士たちを倒していきます。
しばらくすると、ギルは4人になっています。
これこそが、魔剣士の奥義、「魔剣の舞」なのです。
4人が8人に、
8人が16人に、
16人が32人に、
32人が64人に、
64人が128人に、
128人が256人に、
256人が512人に、
そしてついに、1024人となったギルを越えて朱雀門にたどり着けるものは一人もいませんでした。

「<王殺しの>ラン・カイ・シ。汝、玄武門より出でて<首狩王>カーランを討て」
<王殺しの>ラン・カイ・シは、無双の剣士でしたが、たくさんの王を殺す罪を犯しました。ですが、ウィルフに出会って悔い改め、その力をウィルフのために使うと誓ったのです。
ランはウィルフの呼び出した精霊の馬「シップウ」にまたがり、玄武門を出ました。
そのまま、<首狩王>カーランの本陣に向けてまっしぐらに「シップウ」を走らせます。
ランの走る先では、ウィルフのあやつる風の精霊が風の刃で敵を切り裂き、地の精霊が岩の槍で敵を貫きます。雷の精霊の巻き起こす嵐が敵を焼き、水の精霊の振らせる雨が敵を溶かします。
そしてついに、ランは<首狩王>カーランの前に躍り出ました。
「カーラン王! ウィルフが臣ラン! お命頂戴致す!」
07070000


ルインの絵本シリーズ ウィルフ・サガ:「コウロウ城の戦い」より


「首狩王殺し」の物語は、一宿一飯の恩を返すために一つの国さえ滅ぼしてみせる<英雄王>の資質を語るものとして、しばしば取り上げられる。
トートーハット著「英雄の条件」より


<英雄王>ウィルフの友、<守護者>ギル・デ・フラウは、魔剣士の祖としても知られる。彼女以前にも魔道と剣とを共に修めた者はいたが、それを融合させた者はいないのだ。
例えば、魔剣士の代名詞ともなっている「魔剣の舞」は、かまえ、ステップ、気合声、風きり音、剣戟音、それらが一体となって呪文を織り上げ、術者は2人に分身する。さらに二人のそれが合して4人となる。
ウィルフ・サガの中でも人気の高い「首狩王殺し(しゅりょうおうごろし)」の一節「コウロウ城朱雀門」で、押し寄せる兵士を斃しながら次々分身し、ついに1024人となった彼女が1万の兵士を退けるシーンは特に有名である。
ただ、この技は、相手の動きさえ呪文の中に織り込むために非常に難度が高く、実戦の中で2人にさえ分身できる者もほとんど知られていない。いかな<守護者>ギル・デ・フラウであろうともかなりの誇張があることは想像に難くない。
ガラン・ヨウ著「守護者の肖像」より


一子相伝に近い形で伝えられていた各地の魔道は、<魔道王>アフノによって学問として体系づけられた。
アフノとその弟子は、狂気に取り付かれたかのように、あまたの魔道師の技を理論付け、その体系のなかに取り込んでいった。
アフノの魔道理論は、「天界の声楽」と呼び習わすことからも分かるとおり、音楽との強い結び付きが特徴となっている。
この「魔道=音楽」という図式は、三千年の後にアメジスト学派によって否定されるまで続くことになる。「アフノの功罪」と言われるゆえんである。
・・・(略)
アフノ学派は、数多くの分派を生み出している。
その分岐の基点としてよく語られるのが、アフノの孫弟子であったと伝えられる<魔剣士>ギル・デ・フラウの使った「身体言語を中心とした呪文詠唱」である。
当時、ルーラに留学していたミラニ市伯爵息女ルン・レイ・ヒはこれを持ち帰り、理論的補強を行って、ミラニ流を完成させた。「流天の舞人」とも呼ばれる彼女の魔道は、最小限の発声と流れるようなダンスとで構成され、ミラニ市伯爵の庇護もあって西域における一大派閥をなした。
ルーラで落ちこぼれと言われた<音痴の>ルンが、魔道十傑に数えられるほどになった物語は、童話にもなって広く知られている。
また、この魔剣士の技については、<アメジストの皇帝>パルが、彼の創設した「純粋魔道学」としても知られるアメジスト学派の成立に多大な影響を受けたと述べている。

これに対して魔導は常に体系化されることなくあり続けた。これは魔導が契約によって力を行使することに大きく依存する。
本書では、魔導については必要最小限しかふれない。
トートーハット著「魔道の系譜」序章より

|

« 紅緒 | トップページ | そのふたつ名は 7 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: そのふたつ名は 6:

« 紅緒 | トップページ | そのふたつ名は 7 »