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2007/07/02

そのふたつ名は 7

そのふたつ名は「王殺し」
数多(あまた)の王を殺すが運命(さだめ)


「北、<首狩王>カーラン、重装騎兵4千、重装槍兵5千、攻城工兵1千。
東、<蒼白の王女>カリ、騎兵5千。
南、<紅砂の傭兵隊長>グーノス、紅砂の傭兵2千、歩兵5千。
西、<白刃侯>ダンカン、騎兵2千、歩兵4千。」
薄暗い部屋の中央に座して、精霊たちが集めた情報を淡々と話す10代後半の少年の前には、二人の人影がある。
30代後半の男。無双の剣士、<王殺しの>ラン。
10代後半の少女。半妖精の魔剣士、<守護者>ギル。
「行き掛けの駄賃に一呑みか」
「見せしめ」
その異常なまでの残虐性で歴史に名を残す<首狩王>の軍勢が迫る中、ランとギルはそう評した。
少年はまだ幼さの残る顔に優しい笑みを浮かべて二人に告げる。
「じゃあ、巻き込まれないうちに出発しようか」
「まて、ウィルフ。なんとかしようと言ったのはお前だろうが」
「多すぎだろう?」
さも不思議そうな顔で問うこの少年こそが、半人間の精霊使い、後の<妖精の王にして人間の王><英雄王>ウィルフ、その人であった。

「頭をたたけばなんとかなる。カーランの恐怖政治に突き動かされている奴ばかりだ。

・・・

ダンカンは猪武者だ。ウィルフ、精霊を使って惑わせろ。
グーノスは計算高い。未知の力があると思えば無理はしまい。ギル、時間を稼げ。
その間に、俺がカーランとカリを討つ」
不服そうに頬を膨らませる少年の横で、少女は腰の双振りの「守護するもの」に手をやり、小さく「了解」とこたえた。


「男が王女に一騎打ちを挑んでいる」
伝令が伝えたその言葉は、なぜかカリの気を引いた。
通常であれば、率いる軍勢を止めることもなく、進軍の勢いをもって蹴散らしていたであろう。
だが、この時、彼女は進軍を止め、単身前へと進んだのであった。
軍を前にして臆することなく、馬から下り、甲冑も纏わず、細身の剣を履いただけの男を見た瞬間、彼女も馬を下りて男の前へと歩を進めた。
この二人の戦いにおいて兵の多寡は問題ではなく、馬は不要、いや、いずれも足手まといでしかない。一目でそう見て取った彼女は、やはり凡庸ではない。
互いに短く名乗りをあげる。
なるほど、名高い<王殺しの>ランであるなら、これほどの者であってもおかしくはない。
何故彼が今この地で彼女に挑むのかわからなかったが、カリは剣を抜いた。この時の彼女は、一人の剣士であったのかもしれない。
カリが剣を構えるのを待っていたかのように、瞬時にランの足が常人ではあり得ない距離を踏み込み、細身の剣がまさしく雷光の速度で抜き打たれた。
その動きはどれ一つとっても人間の動きを超越しており、周りで見守る兵たちには、ランの姿がかき消えたとしかわからなかった。


王女カリは愛らしく、剣技にも熱心に取り組むことから「姫騎士」とも呼ばれて親しまれ、実際、王の近衛騎士として戦場に赴くことも多かった。
そして、その純真な笑顔は、恐怖の対象である首狩王の治世に、わずかながらも安らぎをもたらしていた。

それが一変したのは彼女の兄たる太子が戦死したときのこと。
太子戦死の報を受けた王はただ一言、そうか、とのみ口にすると、戦を続けるための戦陣について指示を始めた。
伝令が去り、カリが問う。
「お父様、兄上にかける言葉はなにもないのですか」
王はカリの方を見ることもなく答えた。
「死んだものに、何も不要」

その日、カリは、宮廷魔導士から、秘薬を奪うようにして手に入れた。それが王の寵愛を得るためであったのか、兄の仇をとるためであったのか今となってははっきりしない。
毎朝飲み干すその秘薬は、カリに超人的な神速と神速を見切る目を与え、それは戦場における絶対的な力となった。

しかし、秘薬は彼女の体をむしばむ。
優しげな光をたたえていた碧眼は、いまや黒く縁取られたように落ちくぼんだ眼窩から黒い炎のごとくぎらぎらと光る瞳がのぞく。
密のようであった唇は、薄く干からびひび割れた。
金色の光をまとわせていた柔らかな髪は、かすかに青い色を秘めた針金のような白髪となった。
頬は肉を失い、青白く頬骨に張り付くような様は、不気味なドクロを思わせた。

纏う白いマントが、まるで死神の黒いそれのごとく見る者の目に映る。首狩王の戦場にあって、無敵の剣士。
彼女こそが、<蒼白の>カリである。


ガキッ!!!
それはランのイアイの技が、カイ家以外の者に初めて受けられた瞬間であった。
並の剣士の振るう剣であれば、ランの技は相手の剣ごと断ち切っていたであろう。だが、カリの技がそれを許さない。
ランのカタナとカリの長剣が打ち合わされ、火花を散らす。
カリの目にはランの動きも、抜き打つ切っ先さえも見えていた。

だが・・・

火花が消えるよりも速く振るわれた二の太刀は、地上の何者の目にも留まることなく、カリの首をはねた。


・・・


行軍していた軍に動揺が走る。
何者かが左翼を衝いたというのだ。
奇襲であるにしても、訓練された旗本重騎兵が混乱を立て直す暇もなく瓦解していくなどあり得ないことであった。
伝令の言葉がさらに信じられない情報を伝える。
曰く
 敵はただ一騎。
 左翼最外側を固めていたナント候騎士団壊滅。ナント候討ち死に。
 サイライ候陣頭指揮により敵騎を囲むも、瞬時に突破。ただ一太刀にてサイライ候を含む正面5騎は鎧ごと斬り倒さる。その技、まさに神技。
 ハッテト候騎士団、重騎方形防御陣にてあたるも、重装あたかも紙の如し。
・・・


彼が信奉するものを一言で言うなら、「鋼」である。
それはあくまで強く、冷徹なものだ。
曲がらず、折れず、絶対的な法として、剛直にそこにある。

彼は、それを錬成するために多大な熱を必要とすることを知っている。
彼は彼の人生における情熱のすべてをそそぎ込んで、彼の中にそれを造り上げた。

その強さの前では、何者も頭を垂れて従うほかない。それは、絶望に似ている。
その冷徹さの前では、皆等しく裁きを待つほかない。それは、死に似ている。

長い年月、彼は「鋼」をもって、代々継がれてきた国家という理想のために闘ってきた。
それは、彼の愛したものにさえも、一つの例外もない。彼は、例外という慈雨が「鋼」を錆びさせることを知っていた。

それを維持することは、彼にとっても絶望であった。彼自身の死であった。
それでも、彼は、すべての熱を、それにそそぎ込んだのだ。
すべては、理想のためであった。

そんな、深い絶望を友とする彼が、最後に見たものは、
さらに深い絶望を宿す瞳であった。

07070100

かくて、首狩王殺しはなされた。

ウィルフ・サガ:「首狩王殺し」より


「「青龍の瞳」における<蒼白の>カリと<王殺しの>ランとの一昼夜に及ぶ一騎打ちの記述は、私の創作です。あのころは、それが悲劇の王女の最後に花を添えると信じていたのです。」
レザン「懐古録」より


イー・シュトームはその書の中で、ウィルフ・サガを書かれた年代で3つに分類する。
まず、ウィルフたちと同年代に書かれたもの。主に吟遊詩人の吟じる物語である。
次に、AG.500頃までに書かれたもの。フューラー版、ルイン版などである。
最後に、それ以降に書かれたもの。最近のものでは、ヘイプト版が高い評価を受けている。

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