黄金のアーンヴァル:天使の翼
「白子さん?」
返事がない、ただの・・・いやいや、違う。白子は愛用の椅子に座り、ウィングユニットを目の前に設置して、じっと何か考え込んでいる。
マスターの声が届かないほどに深い思考に落ちるなど、通常では考えられない。全くすばらしい限りだ。
とは言え、すでにまる一日以上この調子だと多少心配にもなる。
「みんな初めては痛いものだそうですよ?」
バシッ
慰めの言葉に返ってきたのは、ウィングユニット。
こちらを見もせずに投げたそれが、私の鼻っ柱に激突する。
結構痛い。
下に落ちるそれを受け止め、白子が指さす先にそっと置く。
白子は相変わらず考え込んだままだ。
「マスター」
「はい。なんでしょう、白子さん?」
白子がウィングユニットを見つめたまま口を開いた。
久しぶりに聞く怒気をはらんだかわいらしい声ににやけそうになる。
「神姫は、なぜこのサイズだと思いますか」
「はい?」
「神姫は、なぜこのサイズだと思いますか」
今度はこちらを向いて、上から見下ろすように顎を突き出し、細めた目でこちらを見ながら繰り返す。
どんな答えを期待しているのか。
今まで考え込んでいたのと関係あるのか。
・・・よくわからない。
「小さい白子さんは、かわいいですよ?」
「バカですか?」
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その日もボクは絶好調だった。
マスターに買わせたブースターは轟音とともにボクの体を引きちぎるほどの加速を生み出す。
ピーキーな調整を徹夜でさせたウィングユニットは、絶大な推力を寸分も無駄にせず、大気を切り裂き浮力に変える。
ボクは一瞬で超高高度に登り、高速巡航にはいった。
マスターが請求書を見てのけぞっていたセンサ類もオールグリーン。
超高感度複合センサが知らせる敵を、偵察衛星以上の解像度を誇る光学ユニットで確認する。
飛んでいる。
ストラーフタイプの名も知らぬ敵が、黒く塗ったアーンヴァルの翼を背負って、飛んでいる。
クッ、ククククク。笑いが漏れる。
堕天使を気取るつもりか?
ボクの前で?
あぁ、超高高度(ここ)から見れば、その堕天使は地上をのたくっているのと変わらない。
まったく目障りだ。
天罰をくれてやろう。
レギュレーションぎりぎりの大口径レーザー砲を構える。
マスターが作った制御プログラムが複合センサとレーザー砲をリンクする。
・・・
「滅せよ」
ボクがトリガーを引くと同時に、敵影は消えた。
「おめでとうございます、白子さん。デビュー以来20連勝ですね?」
筐体から出たボクに、マスターが声をかけた。
うつむきかげんに目をつぶり、両手を顔の横にもっていく。
「あたりまえです」
ショートの髪を梳きながら顔を上げて目を開く。
光学ユニットの前で何度も練習したしぐさだ。
「ボクが負けるわけがありません」
「おやおや、すごい自信ですね?」
マスターの顔がすぐ近くにある。
どちらかというと細身の30男だ。細いめがねの奥に細い目が光っている。
いつも優しげな笑みを絶やさない。と言えば聞こえはいいが、あれは仮面だ。
そうに違いない。
どうしたらその仮面を剥がせるのだろうなどと思いながら顔を見る。
「ああ、そうですね、祝福のキスがいるんですね?」
じっと見つめているのをどう勘違いしたのか、マスターの顔が迫る。
ガスッ
人中にパンチをたたき込むと、一声うめいておとなしくなった。
いったいどういう精神構造なのだろう。
顔を押さえてうめいているマスターを眺めていると、筐体から挑戦者の登場を知らせる電子音が鳴った。
「いきます」
ボクはマスターの返事も待たず、筐体に飛び込んだ。
・・・
センサに頼るまでもない目視できる距離に敵がいる!
ボクはあわてて最大出力で全ブースターをふかして垂直離陸した。ロケットのようで美しくないがいたしかたない。
離陸前に見た敵は同型のアーンヴァル。
鳥の翼のようなウィングユニットの他には、両手に剣を持っているだけだ。
変わっているのはその素体だ。
金色のペイントと網タイツのようなものがボディを覆っている。
「愛玩用」というやつだろうか?
あんな格好で恥ずかしくないのだろうか?
疑問はあるが、とりあえず消えてもらうことにする。
無理矢理離陸したせいで速度が出ていない。その欲求不満もまとめてぶつけてやろう。
下から金色のやつが上昇してくるのが見える。
「さようなら」
大口径レーザー砲を放つ。
敵影が消えない。
かわした!?
すかさず連射する。この大口径レーザー砲は、なんと連射が効くのだ。2発だけだけれど。
レーザーの光条が今度こそウィングユニットの先端を蒸発させる。連射さえもかわすとは。
だけど、ウィングユニットは、もう役に立たないだろう。
翼を失った天使は堕ちるだけ。
狙い撃ちにできる。
そう思ったのもつかの間。
壊れたウィングユニットをパージした金色のやつが、慣性以上の速度で上昇してくる!!!
そんなバカな! まるで見えない階段をかけあがるように、空を蹴って飛び上がっている!
あまりのことにボクの反応が遅れた。あわててC3レーザーライフルを連射する。
しかし、金色のやつは上昇のステップを左右に振ってかわしていく。
っ! なんでレーザーをかわせる!!!
当たった!
しかし、やっとのことで当てたレーザーの光条は相手の体を貫くことなく、その体に吸い込まれるように消えた。次の瞬間、やつの全身がぼうっと淡く金色に光る。
それと同時に、高感度センサがやつのつぶやきを拾った。
「その程度の出力では、私には効かない」
トン。
やつの手の甲がC3レーザーライフルの砲身を横に押しやる。
額がつきそうな距離で、今度ははっきりと声が聞こえた。
「天使の翼は何のためにあるか、考えたことはあるか?」
体を切り裂かれたボクは、消えゆく意識の中で、ゆっくりと滑空する金色の背中に、無いはずの翼を見た気がした。
落ち着いて考えれば、背中か脚にでもブースターを仕込んでいたのだろう。その推力に合わせて、足を動かして空を駆けているように見せただけ。
そんなわけで、ボクはずっと考えごとをしている。
「天使の翼は何のためにあるか」
高く飛ぶためではないのか。
何者も届かない高みから、天罰を与えるためではないのか。
・・・
閉め出した意識の外でマスターが騒いでいる。
はっきり言ってジャマだ。
何よりも脳天気さがしゃくに障る。
少し頭を使わせてやろう。考えている間ぐらいは静かになるだろう。
「マスター。神姫は、なぜこのサイズだと思いますか」
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コメント
う~ん(^_^)キツイですね白子さん。
そこがいいですね。
物語の中での成長が、楽しみです~~。
投稿: アユミルゲ | 2007/10/17 18:56
アユミルゲさん。
管理人です。コメントありがとうございます。
はたして、白子は再び黄金のアーンヴァルとまみえた時に、答えを持っているのでしょうか。
お楽しみに(^^。
投稿: freya | 2007/10/17 23:47