黄金のアーンヴァル:刈り取るもの
神姫センターからの帰り、夕暮れ時の住宅街を歩くマスターの胸ポケットの中で、ボクは金色の剣を抱きしめて考え事をしていた。
この絶大な威力を秘めた剣は、こうしてみると細い金の糸を編んで作ったような繊細なもので、とてもあんなエネルギーを放出できるとは思えない。いったいどのような機構がこの中にあるというのだろう。
いえ、今考えるべきことはそんなことでも、金色の彼女とのバトルロンドの記録がなくなっていることでもなく・・・やはり、足りないのだ。
「マスター、こうなったら戦術かk」
「白子さん。いま、戦闘音がしませんでしたか?」
マスターが突然立ち止まり、ボクの言葉を遮ってそんなことをいう。
「戦闘音、ですか?」
「ええ、風を切るような、ガツンとぶつかるような? 爆発音も?」
「いえ、特に気づきませんでしたが」
「気になるので、見てきてもらえませんか?」
マスターはそういいつつ、すでにボクのウィングユニットを鞄から出し始めていた。
・・・
「痛っ!」
少年が顔をしかめて歩みを止める。
肩の上の神姫が、彼の耳を強く引いたのだ。
少年がそちらに視線をやると、今まで肩に腰かけて竜王がいかにかっこいいか語っていた彼の神姫が、バイザーを下し、ブースターに火を入れ、今にもとびかかりそうな態勢で薄暗くなってきた前方を見ていた。
「ガンナー?」
少年の疑問の声を無視して、ガンナーがささやく。
「タロー。オレが飛んだら、後ろに逃げろ。どこまでもだ」
間をおかずにガンナーの誰何の声が飛ぶ。
「おい! 出て来い!」
その声を待っていたかのように、曲がり角からスッと小さな人影が滑るように現れる。
艶やかな黒と朱の美しい犬型神姫(ハウリン)。
手には身長ほどの杖を持ち、バイザーの下に見える瞳は暗く意志を感じさせない。
まるで漆塗りの工芸品のようなそれを見て、少年はなぜか胸が締め付けられるような感覚を感じていた。
「さすがは砲台型、なかなかの索敵能力だ」
犬型がこんな声を出せるのかと驚くほどに低く深い声が地を這う。
「オマエ、おかしい!」
神姫が出す識別信号に対するかすかな違和感とでもいうのだろうか、人間なら「直感」というレベルで、ガンナーは目の前の神姫をイリーガル、人間に危害を加える可能性のある存在と判断した。
「この偽装も見破るか」
かすかに驚いた感情がその神姫に現れ、その一瞬、犬型らしい無邪気な表情が見えた。
しかし、それも一瞬のこと。再び虚無的な雰囲気をまとったその神姫が続ける。
「我が名はアヌビス。死者の書の欠片を擁する冥府の神。砲台型、お前の魂を見せてもらおう・・・」
その言葉とともに、手にした杖の先端から横に炎が噴き出し、巨大な鎌の刃となった。
少年の体が震え、そのほほを涙がつたう。
「タロー。大丈夫だ。タローはオレが守る」
少年の涙を恐怖故ととらえたガンナーが、再びささやく。
しかし、その涙は、悲しさ故。
なぜだかわからない。ただ、あまりの悲しさに、少年は涙を流した。
「いけぇーーー!!!」
ガンナーが掛け声とともに飛ぶ。
ガンナーのつま先が少年の肩を押す。
ブースターを吹かして空中で加速したガンナーの体は中間地点の地面に向けて一直線に飛んでいく。
その姿を目で追いながら、少年はやさしく押された肩に手をやり、一歩後ずさった。
「遅い」
アヌビスが大地をける。
それは加速などという生易しいものではなく、一瞬でガンナー以上のトップスピードに持っていく。
アヌビスは、ガンナーの着地地点に先に入り込んで空中にあるその体に切りつけるつもりだった。
ドン!
ガンナーはブースターを上空に向けてふかし、自身の体を一気に地面にたたきつける。
「ほう」
急停止したアヌビスが感嘆しつつ大鎌を構えなおす。
ガンナーの体が大地に沈み込むようにして止まったのは一瞬のこと、ばねのように縮めた体を開放し、地面ぎりぎりを飛ぶ。
何の遠慮もなく、アスファルトを抉るほどに蹴りつけて得たその速度は、先ほどの比ではなく、ほんの一瞬でアヌビスの眼前に迫る。
ドン!
さらに大地をけって、アッパー気味にガンナーのこぶしがアヌビスの胴にたたきつけられる。
だが、次の瞬間、きりもみ状態で横に飛んだのはガンナーの体だった。
「かわしたか」
どのように大鎌を操っているのか、炎の刃がアヌビスの体の前にくるくると渦巻いて壁のようになっている。
超高速で大鎌を操るその両腕は、ほとんど目にうつらない。
「一瞬遅ければ、その腕、切り落としたものを」
立ち上がったガンナーが間をおかず突進し、炎の壁にぶつかる直前で強力なレッグパーツとブースターとを使って一瞬で左右にスライドする。
ほとんどの神姫には、目の前にいたガンナーが突然後ろに現れたとしか思えない動き。この慣性を無視したような動きからのコンビネーションこそが、ガンナーの決め技といってもいい。
しかし、アヌビスはその動きに合わせて振り向き、ガンナーのこぶしを受け流す。
額がつくほどの近接戦闘の中で、互いに全く決め手を欠くという状況が続く。
ガンナーにとって、アヌビスを牽制しつつその大鎌の威力を削ぐ間合いとしては、これ以外の選択はない。彼女のマスターが離れるまで、もしくは騒ぎを聞きつけた人が集まってくるまで持ちこたえれば、彼女の勝ちなのだ。
対して、アヌビスはその異常ともいえる速度を使って間合いをコントロールし、強力な大鎌をもって一撃離脱を行うスタイル。現状、その大鎌の能力を発揮するには、あまりにも近すぎる。いくら様子を見るためとはいえ、ここまで懐に入れてしまったことが悔やまれた。
アヌビスが0距離で大鎌を操りつつ間合いを広げようとするたび、ガンナーがブースターを小刻みに吹かして間合いを詰める。
「神ならぬ身でこの動きについてくるとは。お前ならば・・・」
アヌビスが驚きとともにひとりごちる。
ガンナーが牽制として出す蹴りやひじ打ち、頭突きのことごとくを、アヌビスはときに受け流し、ときに大鎌の炎を置いておくことで無効化する。
(こいつ、見てから対処してる!)
いくら全力の攻撃ではないとはいえ、この間合いでの攻撃を見てから反応するというのはガンナーには信じられないことだった。
一瞬ごとに攻守が入れ替わるどころか、攻守を同時におこない続けているこの二人の動きは、まるで曲芸のようだった。
・・・
「逃げないのですか?」
少年の肩に手がおかれ、頭上から声がかかった。
はっとして少年が振り返る。
「彼女に言われませんでしたか?」
そこにいたのは、先ほど対戦したアーンヴァルのマスターだった。
「彼女が殺される前に逃げないと、あなたが危険ですよ?」
(殺される?)
その言葉に少年はびくっと体を震わせる。
「僕が・・・僕が・・・」
男がしゃがみ、少年に目線を合わせる。
「あなたが逃げなければ、彼女は安心できないでしょう?」
「逃げればガンナーは勝てる?!」
先ほどからちらちらとこちらを気にしているガンナーの様子を思い出し、「足手まといがいなければ」、そう思った少年の顔が一瞬輝く。
(そうだ、今でさえ互角なんだ。気が散らなければ・・・)
「いいえ、殺されるのです。マスターなくして、神姫は戦えないのですから。そうでしょう?」
この男は、せめて殺される時ぐらいは安らかに死なせてやりなさいと言っているのだ。そう理解した少年の体が再び震える。
「殺・・・」
「殺されますが?」
男の顔に張り付いている笑みが、「それがなにか?」と言っている。夕闇に浮かぶその笑顔は、ひどく作り物じみていた。
少年が、息をのむ。
「僕は・・・僕は逃げない」
「逃げずにどうするというのです?」
「一緒に」
一緒にいる、そう答えようとした少年を制するように男が言葉を重ねる。
「今と同じように?」
少年の呼吸が目に見えて速くなっていく。
「・・・た、戦う!」
「マスターとして、彼女と一緒に戦うのですか? 命の危険があっても?」
男の眼鏡が街灯を反射してギラリと光った。
・・・
戦闘区域確認。
ボクは上空での旋回をやめて、戦闘区域に向けて加速する。
思った以上に遠い。というより、初めに向かった方向が逆だったのだ。
マスターが適当な方向を指さしたりしなければ!
目視できる距離に入ってすぐに状況を確認する。
人間が二人、神姫が2人。
それぞれが戦闘中だ!
いえ、人間の一方はマスター!
もう一方は先ほどのタローさん!
一瞬混乱したが、マスターがタローさんを保護したと判断する。
どうなっているのかさっぱりわからないが、とりあえず戦闘している二人の神姫に割り込んで戦闘を停止させよう。
二人の中間で剣をなげば、二人は間合いを取るはず。
ボクは剣を構えると二人に向かって降下していく。
剣が黄金色の光を放ち始める。
二人がボクに気付き、驚愕の表情を浮かべる。
剣の放つ光が黄金の炎に変わる。
マスターが目を見開いてボクを見る。
二人が大きく左右に飛ぶ。
マスターがタローさんを小脇に抱えて走り始める。
ほんの1秒ほどの間の出来事。
剣の放つエネルギーの大きさに驚きながらも、ボクの腕は止まらない。
ドオンと地を揺るがす大音響とともに黄金の炎が道路を這って行く。
数十メートルにわたってアスファルトが切り裂かれ、一瞬で液化したそれが真っ赤な炎を吹き上げる。
そして、次の瞬間、黒い煙が視界を覆った。
熱風を受けて崩れたバランスを立て直し、旋回してマスターの後を追う。
何が起きたのだろう?
何をしてしまったのだろう?
どうしたらいいのだろう?
混乱しながら飛ぶボクを、何かが鷲掴みにした。
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